夢の扉の開き方−明晰夢 pt2  (2013.4.18)
これはPart1の続き、夢についての考察です。


明晰夢について

この夢を見てから、僕はこの夢の虜になりました。

僕はこの夢を見た時、かなり確信的に「夢の世界への扉が開いた」と感じました。今回1度きりではなく、今後僕はいつでも夢の世界に遊びに行けるんだ、と感じました。

その時点では知りませんでしたが、それから少しネットで調べて、自分の夢の中に自分の意識が入り込む現象を、「明晰夢」と言うことを知りました。
かなり一般的な現象のようで、明晰夢を見た人はいくらでもいるし、明晰夢を自由に見れて、夢の世界で遊ぶのを趣味にしている人もたくさんいます。

僕自身、あの夢を体験して以来、夢と現実を自由に行き来できる能力を身につけたいと思うようになりました。そして1回目の明晰夢から5日後、やっと2回目の「夢の中への訪問」ができました。これについてはまた後日、書こうと思います。

ネットでよく出ている「明晰夢を見るための訓練」は、夢日記をつけることです。これを聞いて、なるほどな。と思いました。僕は夢日記は昔、学生で暇だったときに一時期ちょっとつけただけですが、夢についてとても興味があり、これまでにいろんな考察をしてきています。もともと、明晰夢を見やすい状況が整っていたんだと思います。


今回の夢について

今回の夢について、後から振り返るといろいろ面白いことがわかりました。

まずは、僕の実験の舞台になったウインコというアイダホのスーパーマーケットですが、僕の夢の中と現実とではかなり違います。店のつくりも、売っているものも、かなり違います。それなのに、明晰夢の中の僕は、散々「現実とは違うんじゃないか?」と疑って、丹念に何度もチェックしたのに、最終的に「全く同じだ」と判断しています。夢は夢ですね。でも夢の中では覚醒意識で物事を考えている実感があり、普通の夢とは全く違う次元での「現実社会の自分」が夢に入り込んでいます。現実と夢が一部混ざり合ったところにいるようです。

夢の中のMさんの車は実際のMさんの車です。Mさんが向かった駅ナカのスーパーは実際には東京の南町田駅のスーパーです。何故か強引にウインコの中に出てきた仏壇とふすまは、今はもうない僕の古い実家のものです。夢の中に出てくるいろんな風景や物、人物が、現実での僕の身の回りにあるものであり、現実社会での僕の経験に基づいています。

僕は中学生くらいからずっと長い間、夢と現実の力のバランスや、現実も夢の一部である可能性について考えてきましたが、今回の夢を題材に考えると、どうやら現実が主体で、夢はあくまで現実の付属物であるようです。


これまで見てきた夢について

僕の中で、夢の世界は、どんどん広がっています。

英語の夢:

23歳の時に、海外生活を始めたこともあり、初めて英語で夢を見ました。この英語の夢も、僕にとっては衝撃でした。僕自身は英語もろくにしゃべれないのに、夢の中では流暢な英語を操れるのは何故か、長らく不思議でした。この時以来、たまに英語の夢を見ます。

多分26歳頃、自分の英語の夢を解析して、なぜ自分が夢の中だけ英語能力が飛躍的に上がるのか、わかりました。夢の中でも無から有は生まれません。現実世界で自分の知らない英単語は、夢の中でも知らないままです。夢の中では、知らない英単語を僕自身が勝手に作っています。もはやそれは現実世界の英語ではありませんが、夢の中の僕はそれを英語だと認識しているし、夢の中の僕の相手もそれが英語だと認識しています。そして僕の夢の世界では、自分が勝手に作った英語が通じます。ということで、英語で夢を見るとき、僕はたぶん、膨大な量の英単語を常に勝手に創り出しながら、会話しています。これはすごい脳の負担だと思いますが、夢ではそんなことも難なくできるようです。最近はある程度現実の英語力も上達したので、ある程度まともな英語で夢を見ている気がしますが、それでもおそらくたくさん単語を創り出しながら英語の夢を見ているんだと思います。


人間以外になった自分の夢:

昨年末、初めて「魚である自分」と、「クマである自分」の夢を見ました。自分が人間以外である夢を見たのは自分にとっては衝撃でした。ただ残念ながらこの夢については記録をつけておらず、曖昧な記憶はありますが詳細を覚えていません。夢を覚えておくためには目覚めた直後に記録をつける必要があり、詳細に記録をつけるためには何時間もの「自分ひとりの時間」が必要です。これは家庭持ちのサラリーマンには少し敷居が高く、その時間が取れないうちに夢の詳細を忘れてしまいます。そこで、今回の「明晰夢」を除き、僕が記録をつけた夢は全部でたった10個程度。今まで記録が残っているのはそのうち5つ程度、すべて学生時代に見たものです。


夢と現実:

いつ頃からか忘れましたが、かなり以前から、夢の中で自分が死にそうになったとき(例えばビルから落ちる、乗った飛行機が落ちる等、ほとんどが落ちる夢)、「このまま寝てたら死ぬから起きよう」と思って自発的に起きています。最近は、それが死にそうな時以外でもたまに起こります。自分が何か好ましくない状況に陥った時、「やばくなってきたからそろそろ起きよう」という感じで、夢を見続けるのを自らやめて起きます。今まで夢の中で死んだことがありません。

以上のように、夢のバリエーションや、夢を操れる範囲が、徐々に増えてきています。夢は面白いですね。