夢の世界の閉じ方−明晰夢 pt3  (2016.3.5)
かなり日が空きましたが、これはPart1とPart2の続き、夢についての考察です。
今回は、一連の明晰夢の結末。夢の閉じ方、についてです。


第1段階=明晰夢の存在の発見

Part1に詳細を書いたように、2013/4/13に初めて明晰夢を見た時は、僕は意図して明晰夢を見たわけではありません。その時点では、明晰夢という言葉や、明晰夢の存在自体知らないまま、偶然に自分の意識が夢の中に入り込みました。

第2段階=自分の意思で夢の世界に行く方法

1回目は偶然、自分の意識が夢の世界に迷い込みました。
この素晴らしい夢の世界を再度、また今後継続的に楽しむためには、偶然や運任せではなく、自分の意思で夢の世界に行けるようになる必要があります。

1回目の夢を見てから5日間、毎晩自分なりにいろいろ試した結果、5日目の2013/4/16-17にかけての夜、自分で強引に自分の夢の世界に入り込むことに成功しました。
自分の夢に自分の意思で入り込むためには、どうやらある種の環境条件が必要なようです。
それはどういう条件なのか?その環境条件がそろったタイミングでどうすれば自ら夢の中に入り込めるのか?というコツのようなものが、なんとなくわかりました。

自分の意思で夢の世界に行くためのキーワードは、「夢から覚めて半分起きた後の2度寝」です。僕は子どもの時から、2度寝して夢の続きを見る、あるいは夢の続きを見たいから無理やり2度寝する、ということはたまにありました。ほとんどの場合は夢の続きを見たくても見れませんが、たまにうまく続きを見れることもありました。もちろん当時の夢は、明晰夢ではなく普通の夢でした。この夢から半分覚めたか覚めてないか、、、という2度寝のタイミングで、自分の覚醒意識を夢の中に滑り込ませることで、明晰夢になることがわかりました。夢の世界に自分の覚醒意識を滑り込ませるには何らかのコツが必要な気がしますが、一度明晰夢を見ることができれば、そのコツ的なものも何となくつかめます。

第3段階=自分の夢の世界を自分でコントロールする方法

さて、第3段階です。僕の次の興味は、夢を自由にコントロールすることです。

第1段階と第2段階を経て、僕は自分の夢に自分の意思で入り込むことができる力を得ました。でもこの方法で自分が入り込む夢の世界は、それまで自分が見ていた夢の世界です。
自分がもしその時、「スーパーで買い物をしている夢」を見ていたら、その夢の中に遊びに行くことはできます。でも僕の遊びに行ける先はあくまでスーパーマーケット、すなわち自分のもともと見ていた夢の中に限られます。リゾート地の高級ホテルでゆっくりバカンスを楽しみたければ、まずはじめにスーパーの夢ではなく、リゾート地の夢を見ないといけません。

このように、僕の覚醒意識が遊びに行く先の夢の世界は、どうしてもそれまで見ていた夢にしばられてしまいます。この問題を何とかする必要があります。自分の見たい夢を自分で創り出し、その夢の中で自分の思い通りのことができれば、僕の夢の人生は完璧に完結します。

さて、寝ているときに見る夢、すなわち僕の明晰夢の土台となる夢自体を僕がコントロールするのは不可能です。でもこちらは夢の中で覚醒意識を持っていることが強みです。
与えられた土台としての夢が自分の意図しない世界であっても、そこからある程度強引に、自分の見たい世界に夢を誘導、または再構築することはできそうです。上手く訓練を積めば、どんな夢であってもいったん夢の中に入り込んでしまいさえすればしめたもの。あとはその夢の世界を乗っ取って、自分の楽しみたい夢に自由に作り替えることができそうです。

例えば、本当は僕は南の島で娘と2人でバケーションを楽しみたかったのに、スーパーで1人で買い物をしている夢にしか入り込めなかった場合。

まずはスーパーに娘を登場させる必要があります。「今日はこのスーパーには娘と一緒に来ているはずだから、お菓子コーナーに行けば娘がお菓子を物色しているはず」という設定を追加すればよさそうです。
そして、お菓子コーナーに行って娘と合流します。「今から南の島にバカンスに行くから、好きなお菓子をたくさん買った?買い忘れは無い?」とでも声をかければ良さそうです。もしスーパーマーケットでどうしても娘を見つけることができなければ、電話をかけて呼び出してもよい。それから、家に帰ってスーツケースを持って、空港に行って飛行機の座席をファーストクラスにアップグレードして、楽しいバカンスの始まりです。

「夢の世界+覚醒意識」の組合せは強いです。夢はあくまで夢であって妄想ではないので、残念ながら明晰夢においても、どうやら自分以外の人や物を自分の思うように操ることは難しいようです。しかし、自分自身については、完全ではないにしろ、かなり論理的かつ理論的に覚醒意識で物事を考えることができるし、自分の行動に限れば自由にコントロールすることができます。自分自身は「これが夢である」ことがわかっているので、かなり強引なことも可能です。道徳や倫理、理性のタガを外して、夢の中でやりたい放題のことをすることも、自分の精神さえそれに耐えられれば、理論的には可能です。ということで、第3段階の目標は、「自分の夢の完全コントロール」です。

2回目の夢を見てから約2週間後、夢の中に入り込む条件がそろった日が来て、3回目の明晰夢を体験しました。記録をつけていないので今となっては詳細を忘れましたが、夢のコントロールについて、かなりの成功をえました。

夢から覚めた時、とても大きな充実感がありました。
「これで自分は、夢の中でなんでもできる」という確信を持ち、自分がこの世界を支配した感覚がありました。
変な話ですが、夢でなんでもできてしまうと、現実世界はどうでもよくなってきますね。現実世界では、生きて、そこそこ安定してじっくり夢を見れる環境だけを整えておけば、それだけで良いのです。
毎日とはいかなくても、1週間に1回でも1か月に1回でも、条件が整って夢の中にさえ入りこめれば、あとはその夢を乗っ取って、夢ですべての欲望も欲求も理想もかなえることができます。これは人の生き方や人生観がガラッと変わります。


第4段階=夢の世界の閉じ方=明晰夢との決別

第3段階で、自分で自分の夢をコントロールして大きな充実感と満足感を得て最高に幸せな気持ちになった直後、急に恐怖が襲ってきました。

「明晰夢で遊んでいると、そのうち夢と現実との区別がつかなくなって、夢から抜け出られなくなったり、現実世界で犯罪を犯したりして、大変なことになってしまう・・・」

はじめて明晰夢を見た時の僕自身の分析では、あくまで現実が主であって、夢は従である、との結論を得ています。それが明晰夢と関わりだしてたった1か月足らずで、明晰夢があまりにも魅力的なので、明晰夢から抜け出すことが難しくなっている自分が居ました。自分の夢を自分でコントロールできてしまうと、夢を主、現実を従、という考えも成り立ってしまいます。そして実際に自分がそういう考えをしだしていることに気づきました。これは非常に危険なことです。

さらにもう一つ問題があります。それは犯罪性です。

明晰夢では、夢の中で、「これは夢だ」と明確に把握できます。
でも、現実社会の中で、「これは現実だ」と明確に把握できるという保証はどこにもありません。
夢を現実と勘違いしない保証というか確信はあっても、現実を夢と勘違いしない保証はどこにもありません。

現実社会において夢か現実かを判断するのは、現実社会の自分自身です。普通、現実社会の自分は、現実社会を夢だと誤認することはありません。
少なくとも僕自身は、明晰夢を見るまでは、現実社会を「これは夢ではないか?」と疑った経験はありませんでした。

しかし何しろ明晰夢では、自分の覚醒意識を夢の中に持ち込むので、現実と夢の境が自分の中でとても紛らわしくなってきます。しかも、明晰夢の世界があまりに素晴らしいので(何しろ世界征服でもなんでも、好きなことが自由にできてしまいそうなので)、夢を主、現実社会を従、という考えに陥りたくなります。こんな中では、ふと魔が差して、現実を夢と勘違いしてしまってもおかしくありません。そして現実社会で道徳や倫理のタガをはずし、様々な犯罪を犯してしまう可能性も十分あります。現実社会で犯した犯罪は、夢のように目覚めても消えません。

ということで、自分の夢をコントロールする力を得た日は1日、明晰夢の魅力と恐怖についてじっくり考え、かなり悩んだ末に、今後明晰夢には一切関わらないことに決めました。
不思議なもので、明晰夢には関わらないと決めた瞬間、自分が今後明晰夢を見れる気が一切しなくなりました。とりついていた魔法、あるいは憑き物が取れたような感覚です。
もしかしたら、僕は何かにとり憑かれていたのかもしれません。

それから3年が経ちますが、明晰夢を封印して以来、明晰夢を見たことが無く、見ようと思ったことも無く、見れる気がしたこともありません。普通の夢を楽しんでいます。